今月のテーマ
文字サイズ
天然自然の生き方(2026年5月)
「おみち」の信仰は、天然自然の道と言われています。天然自然とは、読んで字のごとく、この世の一切のあるがままの姿のことでしょう。天から雨が降る、土から植物が芽生える、それらを活用させていただいて生きている動物の姿、与えられた環境・風景などの一切は、天の思し召し通りに創られたものであり、それに逆らうことはできません。この与えられた状況に合わせて生きていこうとすることを天然自然の道と言うのです。
人々は「心配しなくても、人間は与えられたこの世の外で生きられないし、この世のものを利用して生きているわけだから、それは当たり前のことでしょう」と言います。
神様は、「天然自然の道を通れば陽気暮らしができる」と仰せられています。しかし、私たちは当たり前だと思って天の恵みを活用して暮らしていても、喜べない暮らしをしている人が多いのです。それは、天然自然を自分の都合に合わせて利用しているからです。
したがって、ここでしっかり心に納めなければならないことは、天然自然の理には一つのルールがあるということです。たとえば、植物は酸素を出して炭酸ガスを吸収して生きています。そして動物は反対に、炭酸ガスを出して酸素を吸収しなければ生きていけません。このように、生命あるものは必ずこの世では、放出したり吸収したりして他のものと補い合わなければ生き残れないように創られているのです。
人間の細胞も増えて死ぬからバランスを保って立派に活動できるのであり、がん細胞のように増えるばかりで死ぬことのないものは、やがて生態系を崩してしまいます。
人間は心と身体が助け合っていかなければなりません。身体は一方的に貸していただいたものですから、心が身体の仕組みに合わせていくことが大切となります。
また、人間同士もお互いに助け合っていくことが天然自然の理に合わせることになります。しかし、互いに立て合い助け合うと言っても、人類すべてがこのことを同時に理解することは不可能なのであって、分かった人から先に助ける心にならねばなりません。
ところが、自由な心が与えられて、長い間、天然自然の道が分からないために、私たちの魂には汚れやシミがたくさんついてきたのです。これは自分の力では取りにくいものです。そこで「おみち」は、「真実の教えをほうき(箒)として心の掃除をしなさい」と教えています。それが、勤めであり、尽くしであり、ひのきしんなど神様への奉仕でありまして、これらを実行するうちに助ける心も次第に増してきて、やがて車の両輪のように全体を動かすようになります。
信仰は頭の中で分かっても、実行しなければ意味がありません。