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受け止める心(2026年7月)

 夫婦の不和とか、生活に困ったとか、いろいろあって家庭がうまくいかない家の子供は非行に走ると言われますが、必ずしもそうとは限りません。

 夫が家を出た後、妻が残された子供を貧乏しながら立派に育て上げ、しかも子供は少しも父親を恨んでいない母子家庭を、私は知っております。この家庭では、出て行った夫の愚痴や不満を妻が一つもこぼしませんでした。

 また、ある人は事情があって、子供の時から両親と別れて暮らさなければなりませんでした。思春期になった頃、自分は一人で生きなくてはならない運命を神様から与えられたのだと悟り、人一倍努力して、後には立派に成功しています。人の痛みが分かる人となり、人生を実に幅広く生きて、奥深い喜びを得た人生を送っておられます。これは、人一倍苦労をして生きてきたことの賜物だと思います。苦労ができるということは、自分の人生に与えられた苦難を嘆いたり、逃げようとすることなく、真摯に受け止め、上手に悟られたからです。

 こうした例を考え合わせて見る時、その底には同じものがあるようです。それは人生の困難を「受け止める心」があること、そして、その受け止め方が上手であることです。

 私たちが生きるということは、その間に自分の責任ではない様々な出来事に遭遇します。たとえば、自分の出生において、親や場所や時を選べないというようなことです。往々にして、それらは自分にとって不都合なことが多いものです。しかし、生きるということは、そうした不都合や困難を避けずに、必ず受けて通らねばならないことがあるのです。こうした時、受け止め方が上手と下手とでは、結果から見ると天と地ほどの相違が出てきてしまいます。

 同じ条件であっても、一方は悔やみ、悲しみから離れられないのに対し、他方は苦しみを教訓だと悟り、以前にも増して積極的な人生を歩むとすれば、両者の進む道は、まるで違った方向に向いてしまうでしょう。

 言い換えれば、たとえ用意された人生があなたにとって好ましいものであろうがなかろうが、結果はすべて一人ひとり、あなた方自身の責任ですよ、ということになります。もっと言えば、どんな状況に遭遇しても、受け止め方でどのようにも人生を変えることができるのではないでしょうか。

 私たちは、自主的な心を与えられて、人生を楽しむようにしていただいているのですから、受け止め方の勉強は絶対に必要なことです。

 それには、生きることの尊さとともに、人間として生きるための正しい目的をしっかりと把握しておかなければなりません。